読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

主に、読書録

20代男による読書感想文です。

【読書】今こそアーレントを読み直す

こんにちは

 

読書感想投稿一冊目です。

今こそアーレントを読み直す(仲正昌樹、09年、講談社

 

全体主義とは何か。私にはポピュリズム衆愚政治との違いが明確ではない。例えば既得権益などの民衆の嫌われ者のような「敵」を「敵」として仕立て上げ、それを攻撃する姿勢を民衆にわかりやすくアピールする。そして民衆がそれに扇動されるままに右へ左へ流れるままに思考停止してしまう。そしてその世界観に染まらない人を異端として排除する。このような排他的で異論の余地のない状態が全体主義であると理解している。言い換えれば、ある問題についての行き過ぎた信念が、対等なディベートを許さない状態とでもいえようか。

 

そんな全体主義に対して、その起源や対策を考え抜いた哲学者がアーレントである

全体主義に陥らないためには、公的な場で、しがらみのない自由な議論ができることが必要であると主張した。また部屋に引きこもっての思索は独りよがりになってしまうので、望ましくない。人間が複数人いて、なおかつ意見がばんばん出る空間ー仲正氏の例示では学校のホームルームような空間ーが必要であるとした。

 

このところだけ抽出すると、ビジネスでいえば部下の意見を聞こうとしない独りよがりの上司と、急進的改革を実行する社長がいる会社が浮かび上がる。この場合、部下と上司では立場が違うにしても、上司が部下の話を聞かずに社長に追従する姿は全体主義における異論の排除、対話する他者がいない状態に近くなるだろう。私は、この

状態を反論可能性の不在問題と名付けたい。(科学哲学のポパー反証可能性とは区別したい。勉強不足のため。)

 

全体主義の本質は、反論可能性の不在。

全体主義に陥らないためには、敵を作って攻撃する勧善懲悪物語になっていないかとか、特定の団体的な世界観による判断なってないか注意するために、科学主義、証拠主義に依拠するするとかが考えられる。ただし、科学主義、証拠主義も一つのイデオロギーに過ぎないという立場はここでは取らない。しかし、僕が強調したいのは、一人一人が考える力を、疑う力を持つことである。マッチョ思想とでも言えるかもしれない。多角的な思考、ディベート技術を持つ人が増えればいいなと思うところであるが、なかなか難しいところである。

 

ところで、この本を読んでいて、思い出した本を2つあげたい。

・自由論(J.S.ミル)の第2章「思想と言論の自由

・武器としての決断思考(瀧本哲史、11年、講談社)第4章 「「反論」は深く考えるために必要なもの」

 

これらについて紹介する余力がないのが、残念だが、また機会があればする予定。

健全な社会、健全な議論のためには、第一に反論があることを予想すること、さらに進んで反論について熟知することが重要である。